「旅」とは、

「旅」とは、「5%の努力と、5%のお金と、90%の人々の優しさ」


ボランティアをしながら世界に笑顔を届ける - 【看護師Keiの自転車世界一周の旅】×【助け合い】 ★現在挑戦中です!


(中国武漢で自転車が盗難に遭いましたが市民数万人の皆様のお陰で取り返し、無事旅を続けています!!)

2011年11月4日金曜日

-Daria-



僕には、旅の帰りを待っていてくれる人たちがいる。
両親はもちろん、兄弟や友達、実家の犬、僕をここまで来させてくれた人たちにまた必ず帰るって約束した。
中でも、全面的に協力してくれた最高のパートナーが、Daria.僕の恋人だ。
素人の自分よりも自転車の知識が豊富だったり、カメラの知識や海外情報など、彼女からは色々教えてもらった。それだけではない。底抜けに明るくポジティブで、好奇心旺盛、誰にでも優しい性格は、僕も見習わなきゃなって、いつも思う。

その彼女が、先日少しだけ仕事の休みを取って石垣島に会いに来てくれた。
離島に行ってママチャリで島爆走したり、ビーチで魚たちと泳いだり、沖縄料理自炊してみたり。
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
これで次は、いつ会えるのかわからない。楽しい間もお互いそんなことを考えていたと思う。
荷造りをしたバックパックがいつもより重い。空港まで送ったレンタカー、ハンドルが重たい。いつもより空も暗く低く感じた。カーナビが壊れて道を間違えないかな、とか、台風が来て飛行機が遅延しないかなとか。よからぬことを考える。

無事空港に到着。「じゃあ、またすぐにね。」
涙はなし!って決めてたのに、Dariaが泣くから・・。


俺のせいで貧乏旅行になってごめんね。

でも晴れ男だから、毎日雨って予報だったのに毎日晴れたよ。


 今度はDariaもmy自転車を持ってきて、中東を抜けたイスタンブールあたりで合流かな。
その時また、笑顔で再開しようね。

ありがとう

2011年11月1日火曜日

―離島生活―

 

 大阪の友達の家に自転車と荷物の三分の二を置かせて頂き、八重山諸島の入り口石垣島へ。
ここで約2週間の島生活が始まる。
初日は空港からゲストハウスのドミトリーを目指す。なぜなら日本中、世界中から旅人が集まるからだ。長期で滞在している人が多く、島のオリオンビールを飲みながらいろんな情報を交換した。

島とはいえ、意外に都会、マックスバリューが3店舗、「coco!」っていう沖縄版コンビニがあちこちにある。共同キッチンでみんなでゴーヤチャンプルや沖縄そば作って、石垣祭りで地元の屋台料理食べて。沖縄の安くておいしいものを毎日食べているだけで幸せ!
気温30℃・砂浜は白く、空は青く、お魚はレインボー、なのにビーチは空っぽ。誰もいない。
まるでプライベートビーチ!遠浅の海に気が済むまでプカプカ浮かんで夕日を眺めてるのが一番の楽しみ。
こっちで知り合った友達に自転車を借りて島を駆け回る。牛がのどかに歩き、オバアどうしがが畑で大笑いしながら話してる。自転車に三人乗りしてる子どもたち。なんかゆるくていいなー。


沖縄の「世界の田舎に泊まろう」。本土から石垣に移り住んできたカオル姉さん。西表島のバスの中で出会った。今では島人とゆる~い生活をしているが、以前はバリバリ本土で看護師長をしていた。船旅で世界一周したり、先月もアフリカから帰ってきたばかり。素敵~!

※まっちょ写真:僕ではありません。

 泳いで小島に渡り、夕日に向かって釣り糸をたらす。サヨリやアジがおもしろいほどたくさん釣れた。蛍が舞う中を自転車でゆっくり帰る。11月なのに蛍が見れるなんてびっくりだ。
 釣った魚はお刺身やバター焼きにして、大好きな390円(!)のシャンパンと一緒においしくいただいた。

沖縄にはまだまだ僕が知らない楽しい人や楽しいことがいっぱいありそうだ。
これからそれらに会えると思うと、わくわくしてくる!









2011年10月30日日曜日

ー弟ー


僕には10年間も話していなかった弟がいる。特に大きな理由で不仲になったわけではなかった。
言うならば、若さと、男同士のつまらない意地と、和解するきっかけがなかったことだろうか。

しかし今年の春、転機が訪れた。
今年82歳になるおばあちゃんが、孫と一緒に箱根に行きたいと言い出したのだ。
全国から孫全員が集まった。僕らは、足の悪いおばあちゃんをどうしたら楽に楽しく旅ができるのか計画し、旅の最中も必ず誰かが隣に寄り添い歩いた。
僕ら兄弟も協力し合い、自然に会話も生まれた。

おばあちゃんが、孫達を、そして僕ら兄弟を繋いでくれた。


そんな複雑な事情を持つ僕らだが、
なんと弟が愛知県から大阪まで、三日間チャリで並走してくれたのだ。
長野から車で来て、折りたたみ自転車を現地調達し、5府県を走り通した。

関ヶ原の峠も、比叡山も、きっと膝もおしりも痛かっただろうに、文句ひとつ言わずについてきてくれた。
琵琶湖湖畔にテントを張って、ビールを飲みながら語り明かす。一日80km以上走り疲れきった僕らは、おにぎりを持ちながら座ったまま眠っていた。

こんな日が来るとは思わなかった。
10年という穴は埋められたのかわからない。けれど、この3日間で10年分話して、笑って、汗を流したと思う。

二人で走ると楽しさは2倍、辛さは半分になるんだね。

こんな兄貴だけど、一緒に走ってくれてありがとう。

俺の自慢の弟だから、俺も自慢の兄貴になれるように頑張るよ!