2012年5月20日日曜日

ー講演と夜市とー




中国に来てから毎日色んな人々と挨拶をし、世間話をし、お互いの国や生活の話をし、腰を据えてゆっくり相談に乗る事も多々ある。時には日が暮れるまで、時には夜更けまで酒を片手に本音で語る事も。

人人都是我的老師。(人々が僕の先生)
世界是我的教科。(この世界が僕の教科書)

僕は日々人々からどれほどの事を学んでいるのだろう。異なる文化・言葉・生活習慣・経済事情・政治を背景に育ち暮らす彼らから学ぶことって、小さな島国日本から来た僕にはとても刺激的で、毎日頭の中のメモがイッパイになる程だ。


ここ先、中国に戻ってからは、大學やcafé での講演会が続き、そこからまた友達の輪が大きく広がっていく。慣れない僕も、次第に段取りもルーチン化。どこの街でも「私がマネージャーです!」と名乗り出て協力してくれる新しい友達に助けられながら。前日までは講演会の打ち合わせと準備、夜更けまで話を詰める。当日は時間まで学生がひとつの街のように広い大學のキャンパスを案内してくれて、それもに良い関係を作る大切な時間。迎える本番は全力で、対話をするかのように楽しい雰囲気で進めていく。笑いだけでなく、涙もある。

時には僕も涙をこらえて話すこともあった。けど、ふと会場を見たときに女の子が泣いている顔を見て、思わず僕もマイクを離して止めてしまったこともある・・。ちょっと不好意思。(恥ずかしい)



講演会の後はしばし生徒達と交流の時間を持ち、待っていました、疲れた後のビール。3時間話し通したあとのビールは自分へのご褒美。ローカルしか知らない屋台街や安くて美味しい地元料理の待つ街へ繰り出す。



始めはみんな少しいい感じのレストランに連れていってくれようとするのだが、僕にはどうも合わない。やはりもっと庶民的な屋台の方が落ち着いていて、開放的で、偉そうで品の無い金持ちも居なくて、安くて、美味しい。
日本に居たときもこの海外の屋台が恋しくてたまらなかった。


なぜ日本にないのだろう。昔はもっとあったはずなのに。屋台ではないが、上野や浅草の下町にはいまだ道路までイスと机を広げてビアガーデンのようにしている店もある。週末なんていつも満席で空いている席を探すのも大変なくらい人気。ならばこういう屋台スタイルの飲食店で展開する店が増えてもいいのにな。お祭りや花火のときにだけ時々現れる露店はいつもそこに居る訳じゃないし、種類もなく高いわりにそんなに美味しくない・・。
もちろんこっちの国は許可なく勝手に歩道に展開している露店の方が多いのだが・・。



いつか、美味しい屋台料理ランキング作ってみようかな。それにしても種類が多くて各土地に特色のある食べ物があるから順番がつけられない。
この茄子のにんにく焼きなんてほんと毎日食べても飽きない。麺類だけでも味も種類も豊富で、さすが世界に誇る中華料理。



遠くに“寿司”・・。 全く日本のモノとは違うけれど、なんだか嬉しくなる。だいたいこういうお店の人って日本が好きで作り方も一生懸命自分で勉強して店開いてたりする。

翌日、翌週はだいたい講演会を聞きに来てくれた人たちや新しい友達が街中や観光名所を案内してくれる。
それから寄せられるメール等への返事で翌日は丸一日家かcafé に引きこもる・・。


・・・あぁ、もう夜中の5時だ。。朝だよぅ・・・。やっと久しぶりにブログ更新できる時間ができたと思ったら、疲れで頭が回らない。書きたい事はたくさんあって、積もっていく一方なんだけど、良いものが書けない。なかなか治ったと思った風邪もまた体調を崩しなかなかまだしぶとく残る。。
講演会、取材、イベント、ボランティア、スポンサー、記事・・
もうなんだか、忙しすぎてわからなくなってきた・・。(><)
橋渡って川の向こうの家に僕の自転車があるのに、まだ実は再会していない。
今週こそは。2ヶ月ぶりに自転車に会いたい・・。

頑張れ自分!!(T-T)

(ブログの日付と実際記事を書いている日にはだいぶ誤差があります。ちなみに今日は5/31)



2012年5月16日水曜日

ー伝説の美女ー





無事に中国に戻ったこの日。上海は大雨。
上海の友達のところに立ち寄ろうと思っていたがそのまま電車を乗り継ぎ次の街へ。飛行機で出来た友達と、今度は彼女/彼らの故郷、西安で会うことを約束し別れた。



自転車を保管してもらっている家がある湖北省武漢に戻る前に、一度必ず戻るからと約束してあった街があった。それが浙江省杭州。世界遺産:西湖が美しく古い町並みも綺麗で人も優しい。これまで通って来た都市で特に友達が多い場所でもあった。去年12月、クリスマスやLipdubなどのイベントも含めて3週間近く過ごした。実の叔父さんもこの街に住んでいる。
過去のブログは


年末に杭州最後の日に一緒に途中まで走ってくれた甘露のパパがいる家に再び泊まらせてもらった。パパの料理は絶品・・生きた川エビを嬉しそうに見せて来て、その数分後にはおいしい料理になっていた。(冒頭写真)

今月26日放送のラジオのトークでも琳アナウンサーから「杭州は色白で美しい女性が多いと聞きましたが本当ですか?」と聞かれたが、うん、確かに若い人に限らず落ち着いていて綺麗な人が多いかも。
古い言い伝えがあって、昔ある一匹の白い蛇が小さな男の子に命を助けられた。蛇は恩返しをしようと人間の女性に化け、大人になった彼を探し、結婚した。そして西湖の湖畔に立つお寺に住むようになり、その後もその女性は人々の為に良いことをし続けたのだそう。やがて蛇は神様になり西湖とこの土地に住む人々を長く守ってきたのだという。またその蛇から化けた女性がたいそう美しかったと評判で、杭州に住む女性はその影響もあるのではないかといわれている。

え・・・? だから杭州に戻ってきたの?
w ちがうちがう。僕全然モテませんから・・。


最初の数日はネットの検閲がVPN(抜け穴)に負け、facebookblogの更新が出来ずにもどかしい思いをしていたが、何とかフェリピン人の技術者に助けてもらい回線が復活。しばらくは不自由なくネットが出来そう。

その間も旧友との6ヶ月ぶりの再会を果たし、ほぼ毎日夕食会やパーティーに誘われて積もる話で夜更けまで語り明かした。




杭州後半はイタリア人Marcoとその中国人の奥さんFionaの住む大きなマンションに引っ越した。キッチンでもバルコニーでも寝れるよ♪って言うんだけど、相変わらず優しい二人は大きな部屋とキングサイズのベッドを僕に使わせてくれた。ラジオで談慶師匠のおっしゃる通り、彼の作るピザやパスタにはタバスコの代わりに中国の唐辛子をのせて食べました。
(上の動画でウクレレを弾いているのがMarcoさん。)


僕の大好きな友達“Jay” ソフトバンクのCMに出てくる彼に似てる。

今日はどうしたのかな、胸が大きくなっちゃった。



友達2人の誕生日パーティー。
地元の友達や外国人などたくさんの仲間が集まった。



ケーキカットの後はやっぱり顔にクリームをつけ合い合戦に。。。


杭州ではまだまだやらなければいけない事がたくさんあって、今回も2週間程滞在した。




★ ラジオのお知らせ ★

SBC信越放送ラジオ【ともラジ】
の「世界はともラジ」というコーナーで毎月一回海外から出演させて頂いております。
今月の放送は5月26日(土)13:00〜14:55


風邪を引いて鼻声でしたがよく聞こえていましたでしょうか・・汗。
でも相変わらず優しく楽しいスタジオの皆さんと一緒にお話が出来てとっても楽しかったです!番組放送予告は下記になります。
http://sbc21.co.jp/radio/tomoraji/index.php?itemid=22908
*公共電波では長野県の方のみの配信です。


2012年5月13日日曜日

-空港での騒動-




一時帰国終了。
結局3月から一ヶ月半も日本にいた。
昔の友達との再会、新しい友達との出会い、実家の家族、弟妹、東北でのボランティア、講演会、スポンサー、ラジオ、・・
盛りだくさんの一時帰国だった。



日本にいた頃は日本が楽しすぎて中国にいたことが嘘のようだったけど、
その反対のことを、中国に戻ってきた今実感する。

中国に戻ってきてからというもの、ナニコレ超忙しい毎日・・!
きっと特に今年は、日本で仕事していたときよりも忙しいんじゃないかなと思う。



かといってfacebookやブログを開く時間がなかった訳ではないけれど、中国に戻ってきたらさらにネットへのブロックが強くなってしまっていて、facebookもブログも全く開けない状態が続いていた。

政府の汚い検閲とブロックに負けるもんか。VPN(仮想ネットワーク)のサーバーを代えてやっと再開。Facebookに掲載したブログのURLの末尾が.uk (イギリス)になっているのはそのせい。
ちなみにVPNというのは言ってみれば、その国の勝手な事情で開けないサイトも開けるようにする為の裏技。Facebookは中国含む10各国程で禁止され、開けないようになっている。なぜfacebookや他国のサイトを怖がるのか?それは独裁とある種の劣等感、グローバル化が複雑に絡んだ事情があり、話が長くなるのでここでは書きません(- -;)
中国含むネット検閲がある国に行かれる方で、困る前に知っておくのもいいかも知れない。オススメはstrongVPNastrill VPNなど、こちらに長期滞在している外国人はほとんど使っている。この国に居ながらも、実は他国の回線を経由してネットしている。一ヶ月$7、1年で$55程。Freegateなどの無料ソフトを使う中国人も多いがスパム(ウィルス)も多いとのことなのであまりお勧めしない。



さて話は旅へ戻る。
今回の日本再出国に選んだのは中国の格安航空会社【春秋航空】.
佐賀−上海片道3000円など他と比べてとても安い。Peach jet starなどと同じくやっと日本にも入ってきた格安航空会社(LLC)の一つ。
上海へは茨城・高知・佐賀から出ており、僕が乗ったのは茨城空港からの便。空港までは東京駅から500円の直行バスが出ている。
航空券8900円、燃油サーチャージ等5000円を入れても悪くはない値段。しかし落とし穴があった・・。
重量制限がすごーーく厳しい。
機内持ち込み荷物も【含めて!】15kgまで・・。これって結構、ありえない。
他の中国系航空会社では45kgまでOKとか、他社でも普通預け荷物だけで25kgOKで、10〜20kg増えたとしてもこれまで全て通してくれた。ネットで調べたときに重量制限のことも見たけど、ここまで厳しい(ドケチ〜)とは思わなかった。

kgあたり1500円の割り増し。1kgでもオーバーしていたらその場で支払わなければいけない。半分くらいの乗客が重量オーバーして別カウンターで支払いの案内をされた。その大半は初めてこの会社を利用する人。脇には大きなゴミ箱とヤマト急便のカウンター・・。捨てるか送り返すってことね・・。
僕はなんと24kgオーバーで36000円の支払い!!!
そんなのたまったもんじゃない。一度家戻って他の飛行機かフェリーに乗った方が全然安い・・。
僕は捨てるものを捨て(捨てたくないけど・・)、家に送り返すものを段ボールに積め、着れるだけのズボンと洋服を重ね着した。



周りでも大きスーツケースを広げて仕分けが始まり、その光景はフリーマーケットのような状態。最後まで仕分けに時間がかかったのは僕・・。
搭乗開始時間になってしまった。
焦る焦る!カウンターの人も飛んできて焦らせる!
すると他の中国人乗客やヤマトさんもみんなで手伝ってくれた。なんて優しいの、みなさん・・。自転車のタイヤを見てある人が僕に気づいた。しかもヤマトの職員さんも僕のブログを読んでくれていた。ネットの向こうでの見えないお友達との対面、しかしそんな感動にひたっている場合じゃなかった。なんとか苦労して10kg減らす。なのに超過21000円は逃れられなかった・・。


カウンターに飛び込む寸前、ヤマトのお姉さんが写メもって全力で走ってきた。忘れ物?!
「握手握手!」・・w
ちがうって、時間かなりやばい。検査も、出国ゲートも、空港の中をこんなに走り廻ったことなかった。汗だくで飛行機に飛び込むと、さっき一緒に荷物と格闘した新しいお友達が待っていた。隣の席には20000円超課金を払って凹んでいるコロンビア系イギリス人バックパッカー。

やれやれ・・神戸からのフェリーにすれば良かったかな。。



朝早くに見送りにきてくれたみんな、本当にありがとうございました〜〜!!


これからどんどん更新していくので、どうぞよろしくお願い致します。


kei












2012年5月5日土曜日

ー スポンサー ー



この度、旅を支援してくださるスポンサー様がつきましたのでご紹介させて頂きます。物品提供という形でお力をお借りすることになりました。

以下(五十音順)


大正123 (1923)創業と長い歴史を持つスポーツ・アウトドアメーカー。登山が好きな方やバックパッカーなら馴染みのある会社だと思います。日本が誇るmade in Japan。1999年に発売したフッ素コートは焦げ付きにくさと手入れの容易さで好評を得ました。そして2005年には、より耐熱性が高く丈夫なチタンシリコンセラミックのコッヘルを発売。アメリカ、バックパッカー誌の編集者たちが選ぶ『EDITORS CHOICE 2005』を受賞しました。
旅においては、外で生きる上で必要なアウトドア用品を提供して頂き、アウトドア部門をサポートして頂いております。




1952年、松下電器グループの一員として発足。
今や【Panaracer】は世界的なブランドとして、シティサイクル用タイヤチューブからロード、マウンテンバイク用のレーシングタイヤチューブ、車椅子用、リッターカ-、ソーラーカー用など多岐にわたるタイヤチューブの総合メーカー。
これまで数々の世界選手権でPanaracerタイヤを使用した選手が優勝を獲得。
日本製タイヤとして初めて【ツール・ド・フランス】に参戦。
MTBタイヤ「ファイヤ」米国TopTen製品に選ばれる(Mountain Bike Action)(平成12年)
など数々の功績を納めています。
「産業を通じて社会の発展に貢献する」という経営理念とともに「高分子化学で社会に役立つ」企業を目指し今後も挑戦への情熱を絶やさず前進し続ける企業です。
旅においては消耗品であるタイヤやチューブなどを提供して頂き、自転車部門をサポートしていただいております。




英国に本社を持つモベルコミュニケーションズは高い利便性と高品質な海外携帯電話サービスを提供することを目的として、1989年に設立されました。今日モベルは、イギリス、アメリカ、日本にオフィスを構え、テレコミュニケーション業界のリーダー的存在として活動しています。提供商品が旅の新しい仲間として加わり、他国との情報共有だけでなくより現地の人々とのコミュニケーションを円滑にするツールになるのではないかと思っております。

「世界の田舎に泊まろう!」Kei × mobell communications

旅においては「どこでも繋がる・よく聞こえる」国際電話を提供して頂き、通信部門をサポートして頂いております。



各社様製品の使用感を旅の話と共に、追ってブログや各社様HPで報告させて頂きます★




SBC信越放送【ともラジ】 様

最後に、地元長野県に貢献したく、海の向こうからラジオの電波に乗って海外の様子をお伝えします。「元気ですよー!」「まだ生きてるー?」・・安否確認も含めて聞いて頂けると嬉しいです。信越放送の可愛いキャラクター【ロクちゃん】と一緒に旅をしています。

2012年5月1日火曜日

−伝説のパパ−



4月の一時帰国中、Dariaのパパとママが来日した。
なるほど、明るく優しい、でも時にはドジでおもしろいDariaはこの両親から生まれてきたのかとなんだか納得できてしまう。
きれい好きでしっかりもののお母さんと愉快でおもしろ過ぎるお父さん。
そのお父さんが2週間の初めての日本滞在中に作った伝説がある。



ある日、スーパー銭湯へ一緒に行ったときのこと、サウナと水風呂を行ったり来たりを繰り返しているパパだったが僕は熱くてさきにあがってしまった。その間水をたくさん飲んでいたせいか、パパはトイレに行きたくなり脱衣所に戻った。トイレを済ませたパパ。
さて風呂場はどっちだったかな・・。
通路が二つある。右側はロビー、左側は風呂へと続く。
きっと「風呂こっち」のような看板があっただろうが、もちろんそんな日本語は読めない。

しかしパパはためらわずに進んだ。タオルも持たずに、何も包み隠さず進んだ。
そして目の前に広がる光景に、パパは何か違和感を感じた。

「なんでみんな服を着ているんだ。」

「それにどうして女性がここにいるんだ・・。」汗

そう・・パパは右に進んでしまったのだった。公に大公開してしまったパパはワービックリ!そして突如ロビーに出てきた裸の外国のおじさんを見たお客さんももちろんワービックリ!

・・しーらないっと。笑  


その後無事風呂に戻ったパパにあるおじさんが一言。

「トイレのサンダル履いてますよ。笑」

トイレ備え付けのサンダルを履いたままお風呂に戻っていたのだ。それもここの銭湯だけじゃなく何度か他の温泉でもやっていた。



また、これは文化の違いというか、外国ではシャワーを座って浴びる習慣がない。僕は隣に座って体を洗っているとやけに自分のシャワーではない水が飛んでくるなと思った。ふとパパの方を見ると立ってシャンプーをしてるではないか。周りの人に強シャワーの水がバシバシ当たっていた。笑
極めつけはお風呂のタオル。フロントで購入したそのタオルはコンパクトに折り畳まれ透明なビニールの袋に入っていた。パパはタオルが濡れると嫌だからと、ビニールに入れたままお風呂の中で持ち歩いていた。そこで起こった全裸ロビー事件。その時パパは慌てて握っていたタオルで大切な部分を隠そうと思ったが、丁寧に小さくビニールにおさめられたタオルでは役目を果たしきれなかったようだ。



またある日のこと。日本のトイレというものは世界の最先端をいく。しかし時にはそれが外国人を混乱させることもある。トイレで大きい方を済ませたパパは、流すボタンを探した。

「何だこれボタンがいっぱいあるぞ。」

壁に備え付けられたウォッシュレットのボタン達。読めない・・。
ひときわ大きく赤いボタン。コレダ。

「ポチっと。」

・・・・。

「ビーンビーンビーーーン!」

警報が鳴ると共に、

「大丈夫ですかーーーーー!」汗

とドアをドンドンと叩きながらトイレに入って来ようとする男達。
そうです。緊急呼び出しボタンを押してしまったのです。
まだパンツをあげていないパパ、便座に座ったまま一体何が起こったのかわからないまま呆然としていたのだった。

おもしろいことに同じ日にママも同じことをしてしまたらしい。



そして以前Dariaも公園の公衆トイレで同じことをしたことがあった。
家族連れがのんびりと遊ぶ週末の昼下がり、突如凄まじい警報の音が公園に響いた。トイレの入り口に立って待っていた僕は警報器の赤いランプとその音にこれはただごとじゃない、きっと中で何か遭ったのだ、とすかさず女子トイレに飛び込んだ。僕だけではない、周囲にいたお父さん達も走って駆けつけて来た。

「ドンドンドンッ!」「ダリア大丈夫かー!?」

ダリア:
「え、何?なんでいるのよ!」
まだ「済ませて」いなかったダリアを襲った悲劇だった。笑

ここから言えるのは、なんて日本人て他人想いで優しいのだろう。もう一つは日本語のみの表記が多すぎて外国人にとって住みにくい国だ。ということ。



またある日、パパとママと鎌倉の山にお弁当を持ってピクニックに行ったときのこと。
パパは覚えたての日本語のフレーズを試したくてしょうがなかった。
登山道ではすれ違う人に「コンニチハ〜」と笑顔で挨拶をしていた。また笑顔で挨拶を返してくれる人々。少し他の言葉もしゃべってみたい。
「あなた」「わたし」「かわいい」「うける」「おいしい」などを覚えたパパ。次にすれ違う女性に「you are cute.」と言いたいらしい。僕らはうしろから様子をみながらついていった。すると遠くから中年の女性二人組が来た。
満面の笑顔のパパ。大きな声で元気よく放った言葉は、

「アナタ、ウケル〜〜!」

・・・!!汗

ちょっとパパ!違うよ!笑

混乱する女性達。僕はすかさず「こんにちはー!」とパパの声の上からかぶせるように大きな声で挨拶をした。ハハハ・・。



そんな愉快で楽しいパパとママ。
最後の日はみんなで茅ヶ崎の海でBBQ



 楽しい思い出たくさんできたかな。また来てね〜!