「旅」とは、

「旅」とは、「5%の努力と、5%のお金と、90%の人々の優しさ」


ボランティアをしながら世界に笑顔を届ける - 【看護師Keiの自転車世界一周の旅】×【助け合い】 ★現在挑戦中です!


(中国武漢で自転車が盗難に遭いましたが市民数万人の皆様のお陰で取り返し、無事旅を続けています!!)

2012年6月29日金曜日

ー青春の缶詰ー



去年の12月、クリスマス前にも参加したLipdubという映像イベントに今回また参加して来た。Lipdubとは何か・・。
「仲間と過ごした青春の思い出」を詰めた缶詰。と説明すればいいのか。
まずは僕の下手な説明よりも見て頂くのが一番良いのかもしれない・・。
最近多くの国で大学生達が主体となって作っている。


リンク:最好玩的校园宣: Lipdub ZJU 浙江大学




僕が最初の方でちょこっと出て来たのを見つけられたでしょうか。
赤いドレスを着た女の子が橋を渡った後から、男の子が滑って転ぶあたりまで。
音楽も構成も自分たちで考えた。
内容は遠く離れた故郷にいる両親へ「私たちは楽しく元気に大学生しています。心配しないでね。」といったメッセージ性も込められている。


ちなみにこちらは英国の大學UVic[Hey soul sister]の曲にのせて作られたもの。
hey soul sister at UVic



http://www.youtube.com/watch?v=EeGDRSWB46w&feature=related



再び名門、武漢大學へ。
講演会の前後に旅行サークルや自転車サークルのみなさんが食事に連れて行ってくれた。
皆と話していると頭がいいのだなぁということを感じる。親の期待を背負って故郷から出て来た彼らは新しくここで出会った友達と共に様々な事を学んで、また親の元へ帰っていくんだね。


中国の学生さん達の悩みとは。
一言で言うなら、こちらの学生は「自由が少ない」だろうか。
それは様々な理由からなのだが、まずは彼らの中での家族という存在が大きい。

これでもかというくらい、親からのプレッシャー(圧力)を感じている。それは小さな頃から「こう育ちなさい。こういう大人になりなさい。」と言われ育てられ、親が決めた道から逸れる事が許されなかった。
ある教授が教えてくれた。
日本の子供が不良になるのは中学や高校からで、大學になると落ち着き、次第に不良などは見られなくなる。しかし、中国ではもし中学生時代に不良にでもなろうものなら、施設に入れられてしまう。少年院とまではいかないが、逸れた道から元に戻すための強制施設。しかも親が無理矢理その子供を入れるのだ・・。
少しやり過ぎな気もするが、世間体と面子を重視する文化故出来上がった仕組みなのだろう。しかし、これじゃまるで金太郎飴で、ひとりひとりの個性が育たない。

ある学生達からカフェで相談を受けたとき。一人の男の子が正直に自分の気持ちを手紙に書いてくれた。
「毎日が試験の為の勉強で急がし過ぎて、自分のやりたい事や夢を見つける暇がない。空いた少しの時間は寮でネットゲームやオンラインで友達と話すだけ。私たちも一人旅をしたいとは思っているけど、時間とお金はどうすれば、それに親がダメって言ったらできないんだ・・。私たちが出来る事って一体なんなんだろう・・。」

何か大きなことをしようにもすべて親の許可が必要なんだ。




ただし、物事には両側面があるもので、良い側面を見ればそれだけ親は子供を、子供は親を大切に思っているということだろうか。
働くようになれば親にお金を送り、さらに歳を取れば一緒に暮らす。それがいわば当たり前になっている。
よく聞かれる質問の一つにも「家族はこの旅をサポートしてくれていますか?親はどう思っていますか?」と家族のことに触れている。
サポートというのはお金と心の両面で。

僕の場合どうなんだろう・・。ほとんど自分の意志で飛び出して来たので、親にはきっと心配かけているだろうが、それ以外の迷惑はかけないようにしている。




最後に、
ある日本に留学している中国人の学生からメッセージが届きそこにはこう書かれていた。一部抜粋。

「私たちはお互い違う国にいて、二つの国を結ぶ【架け橋】だと思います。私は日本で頑張ります。Keiさんも中国で頑張ってくださいね。」

なんか嬉しかったなあ。
政治レベルでは問題だらけで先に進まない、これからの未来をより明るく変えられるのは小さくとも力強い僕らひとりひとり民間の力なんだろうな。




漢川 to AnLu

走行距離: 92.59km
平均速度: 18.9km/h
最高速度: 37.9km/h

2012年6月27日水曜日

ーただのスケベと、尊敬される人ー






この国含むいくつかの国ではfacebook初め、僕のgoogleから出されているbloggerも規制されて閲覧が全く出来ない。
しかし僕のブログを読んでくれた日本に住む中国人の友達が、ぜひ中国語化して中国国内でももっとみんなに読んでもらいたいとのことで翻訳作業が始まり、今では北京、杭州、武漢、日本の4カ所の人たち(お互い知らない人同士)で構成する翻訳チームが出来た。

そのうちの一人、日本企業と取り引きをしている会社で働く友達から先日電話でこんなことを聞かれた。

「日本のサラリーマンはみんな風俗に行ってるってホント・・?」

とても淳朴で汚れのない彼女からそんなこと聞かれるのはショックだった。
取引先の日本企業の日本人男上司がそう言っていたらしい。

残念ながら否定できない。
ずっと前から僕も声を大にして言いたかったことだけど、もう我慢の限界。



お願いだから、失礼な日本人にならないで欲しい。
出張や留学と称して少し羽伸ばし過ぎていませんか。
取引先に接待されたからしょうがない?これもビジネスを円滑にする為の大切な行事なのだろう。こちらでは風俗とは呼ばない。表向きカラオケ(KTV)やマッサージ(足浴)店なのだがビジネスで利用する場合はその目的が違う。
隣に座る可愛い女の子に片言でワイン?と言われれば数千円でも躊躇わずに渡し、終いには女の子を十数人並ばせその中から、選び、持ち帰る。

今ドキッとしたアナタ。
自分の娘よりも若い子と寝て。日本で待つ奥さんはどう思うのか、子供はどう思うのか。
お金があるから全て得られるとでも思ってしまったか。ではそのお金を失ったときに残るものはなんだろう、きっと奥さんすら残らないだろう。
失うのが怖くて、それでもやりたいのならば、始めからひとりになればいい。

撮影カメラ:Go pro


ある大學に留学している日本人の女の子が言っていた。
「日本の男が世界で一番モテないんだって。」
ショック。そんなこと聞きたくなかった。もちろん、全員がそうとは限らない。でも悲しい事にそう誰かに思われてしまっているというのも事実。

日本でもそうだった。都内の居酒屋から出てくるリーマン達。女性社員が帰ったらすかさず「いく?いっちゃう?何系?」と誰かが口を切る。

そんな男達のそばを通るだけで腹が立ってしょうがなかった。同時に悲しい気分になる・・。きっとこの人たちは海外に出張にいっても同じなのだろうと。



あるタイとミャンマーの国境で、売春をしている十代の女の子達を保護する活動をしている日本の団体の方と会って話をした事がある。そこでの児童買春の裏話を聞くと、ひどいものだ。その客の多くを占めるのが欧米人に負けず日本人だという。大學の教授、会社経営者、学校の先生。きっと日本に帰れば偉い事を言っている「つもり」の人たちなのだろう。僕らの目にはだらしないスケベオヤジとしか映らなかった。
あの有名なタイのパタヤの繁華街を歩いていたとき、50代くらいの日本人男性と十代と思われる超ミニスカートをはいたタイの女の子が手をつないで歩いていた。僕は明らかだろうと思い、男が彼女のお尻に手を回したときに一眼のフラッシュを真正面から焚いた。すると男はすかさず手を離し、軽く彼女を突き飛ばした。


ドキッとしたアナタ。
見られていないようで、見られているんです。
そして日本に来た事無い、こちら地元の人たちは「日本人は・・・。」
と評価してしまう。
もっとそのお金を使うべき、他の事があるでしょう。


以前の記事にも書いた、僕らはひとりひとり「窓」を持っている。
出国スタンプを押された瞬間から、自分ひとりひとりが日本代表だと思って行動するべきだと思う。
日本代表って、スポーツだけじゃないんだ。




一方で、こんな素敵な話もある。

武漢の大學に留学しているある日本人、なんと70代の女性。
なぜ今留学、そして中国なのだろうか。これには深い話がある。

彼女の父親が亡くなった後、遺品を整理していると、「軍事手帳」というものが出てきた。そこには「焼け付くし作戦」という恐ろしい作戦の名前が書かれていた。そこに記された作戦を実行された場所は2カ所、そのうちの一カ所がここ武漢だった。
彼女は退職するまでずっとその事が気がかりで、手帳を自身で保管しながら、父親の足跡を追った。調べれば調べる程、今まで知らなかった事実が次第にわかってきて、申し訳ない気持ちが積もっていった。父親のしたことの代わりに何か彼女に出来る事はないか考えたのだそう。
そして彼女がこれまで貯めた資金数千万円を、中国の田舎に学校を建設する為に寄付をした。そして彼女自身も、もっとこの国のことを学びたいという思いがあり、学校側もその精神に感嘆し入学を受け入れたのだという。
今では地元の人にも学生にも慕われとても良い関係ができている方だ。



色んな国、文化があれば、色んな人がいる。
上記の二つの話は聞き流してしまえばそれで終わりだが。
どっちの人になりたいか。

・権力をチラつかせ一瞬の快楽を選び、その他大勢の同志の面子をつぶすか。
・恥を恐れず過去から学び、正しいと思う事をし、今後自分だけではなくその他の未来にも貢献するか。

ここまで言ったら最初の選択肢は答えづらいだろう。
もちろん僕の友達全てが素晴らしい人たちだし、ほとんどの人が善良な人たちだと思う。しかし一方で僕らの気づかない中にはこういう人たちも世の中にはいるということを知っておかなければならない。人ごとでは済まないこともあるのだから。


facebook: (keiichiro kawahara,河原啓一郎) http://www.facebook.com/coucou.kei

2012年6月26日火曜日

次の街アクシデントの末に・・。




大学生は土日も期末試験に追われてお尻に火がついた状態。
出るなら今だ。
そろそろ武漢を出ないともう本当にこの街に住んでしまいそうだ。

最後の一週間も結婚式やお祭り、バーベキュー、大學副学長との食事、日本語を学ぶ学生との交流会などに参加し、残りの時間は大切な友達と過ごし、充実した生活を送っていた。

次の目的地は武漢の郊外にある小さな街“漢川”。
そんなに遠過ぎず久しぶりに全荷物を載せての漕ぎ出しにはちょうど良い距離。
今回3週間泊めてくれた周さんと、前回冬に3週間泊めてくれたザンウェイさんが一緒にこの街まで走ってくれた。ある大學の自転車サークルや、個人的な友達も「出発の日は一緒に走る!」と言ってくれたけれど、彼らは来週、山のようなテストがあることを僕は知っていた。そして優しい彼らはテストがあろうとも、一緒に来てくれる事も知っていた。だからごまかして、内緒で出発させてもらった・・。



今日走った76km、『一路平安』のはずが、思わぬアクシデントに見舞われてしまった。僕ではなく、他の二人が・・。

中国は車は右側、歩行者は左側がルール。一応・・そうなっている。
僕らは20m程間隔を空けながら幹線道路の右側を走っていた。正面から50ccのバイク一台におじいちゃん、おばあちゃん、おかん、子供の4人がノーヘルでこちらに向かって来た。僕は「なんだよー・・」と思いながらもいつものようにぶつからないようよけ、ザンウェイもよけた。しかし周さんはよけ切れず接触し、バイクもろとも大転倒した・・。
僕とザンウェイは暢気に歌を歌いながら走っていたが、
後ろからの大声とぶつかった時の音で直ぐ気づき、振り返る。
地面に転がる五体・・オーマイガ。

Uターンして彼らの元に戻ったときにはもう喧嘩が始まっていた・・。
ここ最近毎日毎晩のように町中で喧嘩している人々を見ていたので、「あぁまたか・・。」と一瞬あきれてしまったが・・何、夏の暑さのせい?
そんなバカなこと言っている場合じゃない。





素人が状況から判断しても明らかに相手が悪いのだが、必死に大声を上げて抵抗するおじいちゃん。普段おしとやかな周さんも今度ばかりは頭に来て負けずに対抗する。ザンウェイは何も言わないが、小さくて少し頼りない周さんのすぐ後ろで筋肉をチラつかせる。僕は静かに救急箱を取り出し両者の間にすっと入り込み、「はい、座って、足出して。おじいちゃん。」「周さんも、肘見せて。」消毒して薬を塗っている間も僕の頭上では小競り合いをしている。大人の間に挟まれ、次第に泣き始める小学生の男の子。風船を2つ膨らまして渡すと少し落ち着いてくれた。
おばあちゃんも負けじと周さんに対して叫んでいたが、順番になると擦りむいた足をすっと出して来た。「大丈夫?痛かったね・・。」ちょっとの薬と日本語と笑顔で手当てして回った。



「子供泣いているでしょ。お互いごめんなさいと、ごめんなさい。それでいいでしょ!!」
最後は結局僕も入り、日本人だと言う事にビックリしていたが、それで逆に相手も諦めてくれた。
バイクは破損しエンジンがかからず、近くの修理屋まで押していく。最後何も言わずに立ち去った孫とおじいちゃんの背中が少し寂しかった。



一難去ってまた一難。
ザンウェイが僕の自転車に乗ってみたいと言った。
今まで荷物満載で乗れたひとはいなかった。いつも全くペダルが動かないか、1m先で倒れていた。
しかし、彼も自転車乗りだし、もうしばらく会えないんだと思うと気が許してしまい、彼のマウンテンバイクと一時的に交換した。
蛇行しながらも見事にこげている。後ろから見るとこんなに異様な光景だったのか。もはやこの大きさは自転車ではない・・。
自分の走る姿をザンウェイに重ねて想像をしていた。すると・・。
「ドーーーン!・・」
道路に空いた穴を避けようとしてバランスを崩したのか大転倒。

今日は道路に転がった人間を6体見た。

道路の真ん中で自転車の下敷きになったザンウェイを引っ張り出すも、膨れた荷物のお陰で大きな怪我無く済んだ。



目的地の場所に着いたのは夜7:30。まだ外は明るく、2月に走っていた当時、日暮れまでに着きたいと4時くらいから焦り出していたのが遠い昔のよう。

先月の新聞記事で、ある信頼できる友達のジャーナリストが記事を書いたところ、全国各地から泊まる場所を提供してくれるという声がweibo(Twitter)などを通して届いた。僕の考えや声が広く届くのはとても嬉しい事なのだが、もうメディアには必要がない限りでないと決めた。携帯番号も代えた。そのジャーナリストが最後と決め、対談以来、彼女の元に北京や広州・上海・香港など各地からメディアが殺到したが彼女はあっさり「自分の力で探してください。」と跳ね返す。カッコい。

今夜泊まらせてもらう家族もそんな経緯から知り合った善意に満ちた地元の方。今年大學に入る女の子とお母さん、その知り合いの6歳の女の子親子と暮らしている。その6歳の女の子がまた可愛いのだがいたずら好きで、僕がシャワーを浴びていてもペットのミドリ亀を持ちながら入って来たときは参った・・汗。エレベーターなしのマンションの6階の為、知り合いのお店に自転車と荷物を保管させてもらった。

ザンウェイ・周さんが武漢まで帰るタクシーを見送り、
今日は迎えに来てくれた人たちと韓国料理、という名の中華料理。
もうこの瞬間、ビールがあれば何もいらない、幸せ。



夜荷解きをしてみたら、昼間の転倒でMacBook Airのスクリーンが破損していた・・。でもザンウェイが死ななくて良かったよ。転倒直後、実はすぐ後ろからモンスターのようにでかいトラックが来てた。ホントこれからだってどうなるかわからない。
でも、僕のよく当たる“感”と“胸騒ぎ”はまだないから大丈夫だろう。


武漢・武昌 to 漢川
走行距離: 76.27km
平均速度: 17.6km/h
最高速度: 27.9km/h


☆お知らせ☆

ワールド携帯電話提供のスポンサーになって頂いているモベ

ルコミュニケーションズ様サイトに連載しているブログで

す。お時間ありましたら読んで頂けると幸いです。

リンク
http://www.mobell.co.jp/blog/2012/06/7105/