「旅」とは、

「旅」とは、「5%の努力と、5%のお金と、90%の人々の優しさ」


ボランティアをしながら世界に笑顔を届ける - 【看護師Keiの自転車世界一周の旅】×【助け合い】 ★現在挑戦中です!


(中国武漢で自転車が盗難に遭いましたが市民数万人の皆様のお陰で取り返し、無事旅を続けています!!)

2012年8月10日金曜日

ーモテ期(おじ)ー



箱根峠なんて今思えば小さく見えてしまう程、四方を山脈に囲まれた都市、西安。古代から商人が行き来したシルクロードの出発点だ。

河南省からShaanxi省の省都、西安に抜けるには2つのルートがある。
1つ目は河南省最大都市、南陽市から北西に向かい西峡や商洛などの街を通り抜けて行くルート。一気に1000m以上標高が上がり大自然の中を通るハードな道のりだが最短ルート。国道があり、道路情況は良い。


2つ目は河南省を貫くように、南陽から平頂山、洛陽、三門峡などの街を通り抜けて行くルート。距離は1つ目の1.5倍。山々は越える事になるが比較的易しい。
選んだのはルート2。
理由は河南省満喫コースだからとでも言えばいいのか。河南省は中国最大の人口を誇る省であり、河南人は様々な場所に散らばっている。特に北西、新疆地方にいる漢族の多くが河南人だという。ではいずれそこに行くならばその前に彼らの故郷を通って見ておきたい。僕だって、誰だって古里の話をして悪い気をする人はいない、そのはずだ。


スイカが美味しい季節になった。
路上ではあちこちで果物を売る村人の姿を目にする。
日本の感覚でスイカを見ていたのできっと高いだろうなというイメージがあった。しかしその価格を知ったときに驚愕した・・。日本で一玉2000円くらいの大玉が、中国では100円程なのだ。無知だった。それを知るまでは少し遠慮がちで見ていたスイカも今では一日小玉一玉食べてしまう。


この日は特に喉が渇いていて、早く食べたい思いを押さえられず路肩の木陰に腰を下ろしナイフでザクザクスイカを切っていると、自分の指もスパッ。
それから洗濯で洋服を絞るときに激痛が走る日が続いた。


南陽を出発してから数日間、嬉しい事にモテ期が舞い降りてきた。
走っていれば横付けして一緒に並走したがるバイクのおじさん達。
黒光りする高級車からわざわざ降りて来てお茶をくれたおじさん達。
昼食をおごってくれたおじさん達。美容院のクーラーの下で涼ませてくれたおじさん達。サインと写真を条件に街を案内してくれたおじさん達・・。


そう、珍しく光来したモテ期にモテたのはおじさん達からだった。ちーん。
いいよ〜腹出てたって、地元の方言わからなくたって、楽しいからさ。



夕方、叶県に入った。沈むオレンジ色の夕日をバックに見えたのがイスラム教のモスク、建物の天辺には三日月の形のオブジェが逆光を受けて黒々と見える。すれ違う三輪バイクには長いあご髭を生やしたムスリムの男が運転席に、その後ろには全身を布で多い、目だけを出している女性が乗っていた。とても大きくて綺麗な目だったのを覚えている。
新疆はまだ遠いが確実に近づいている事を実感した。
新疆とは:中国の北西部、ウイグル人やカザフ族など含め数多くの少数民族が暮らし、より中央・中東アジア系に近い人々が暮らす地域)


そんなムスリムの人達を見てシルクロードへの想いを馳せらせながら走っていると、「日本肥料・・」的な看板を発見。思わず嬉しくなって停めて休憩していると、その隣が安宿だった。そこからもぞくぞく人が出て来て、話しているうちにこの街の人のフレンドリーさに惹かれこの安宿に泊まる事に。
シャワーを浴び、汚れを落とし街に繰り出す。宿を訪れた地元のおじさんが夕食に連れて行ってくれた。
何が食べたい?の質問にいつも答えるのが「ダーパイダン」。
「屋台」の意味で、疲れ切った夜はエアコンの効いた室内よりも生暖かい外で冷たいビールを飲んでダラ〜と本を読んだり地元の人々に絡まれたりしている方がなんか好き。
彼は「ひよこ」という名前の小さな電動自転車の後ろに僕を乗せ、屋台やラーメン屋をハシゴして回った。地元の人達も混じって楽しい夜は更けて行く。

おじさん、お仕事何しているの?もう酔っぱらって笑いが止まらないおじさんに聞いてみたら、実は政府の人だった。
いや政府で働いているというだけで、悪い人ではなく、僕のファンだと言った。あ、そかモテ期だ。かかって来た彼の携帯の着ウタ、どこかで聞いた事あるよな・・。

「アーイヤイヤ・・恋の重低音〜」

え、モーニング娘?




 南陽 to 叶県
走行距離:117km
平均速度:17.5km/h
最高速度:33km/h

facebook: (keiichiro kawahara,河原啓一郎) http://www.facebook.com/coucou.kei




2012年8月9日木曜日

ー偉大な医師と、杉村太蔵ー




プチ一人暮らしを始めた南陽市(Nanyang)、せっかくだから地元民に教えてもらった限りで街の紹介をしたい。
中国南陽市は中国の中央部に位置し、人口は1000万人以上。中国の歴史や文化の中でも有名な都市の一つであり、地理的条件と豊富な資源に恵まれている。南陽の歴史は古く、漢代武帝が故郷の南陽を中国の第2の大都市に建設、漢方医の理論の基礎を作った張仲景、 三国志で有名な軍師の諸葛亮孔明、 といった人物含め多くの著名人を輩出している。僕は映画「赤壁の戦い(red cliff)」で孔明役を勤めた大好きな金城武(台湾人と日本人の混血)さんを思い浮かべてしまうが、彼の故郷ではない・・。



南陽のハイライト、「医聖祠」は、東洋医学の大家張仲景(150年~219年)を奉るために建立された祠。1982年に祠を改修したとき、330年に作られた石碑が出土し、それには「漢長沙太守医聖張仲景墓」と刻まれていた。これにより1600年も前からこの地方で張仲景が奉られていたことが証明された。


現代の張仲景。ではないが、偉大なる李先生。中国針治療医学の第一人者で毎日のように先生に診てもらいたい患者さんが各地から押し寄せる。後ろの写真にもあるように日本や韓国から針治療を勉強しに来る学生も多く、日本人の僕にもお会いした瞬間から「こんにちは〜」と日本語で挨拶していただいた。


地元紙の南陽紹介を含めた取材を受けながらの訪問だったので病院を訪れるなり僕も針体験を進められたが、他に待つ患者さんを優先してもらいたく、僕は断った。
しかしどうしてもと言われ、実は僕も患者さんが途切れた合間に少し腰を治療してもらうと・・あら不思議・・ふわっと腰が軽くなった。すごいです。李先生。


今70kgの荷物と共に自転車で中国横断なんてしているけれど、実は病院で働いていた当時発症した腰痛、椎間板ヘルニアを持っているのだった。今ではしびれも痛みも無く普通に過ごせているのだが、毎朝毎晩のストレッチや日常生活の中での姿勢や角度などには人一倍注意を払って生活している。


その腰でどうやって旅するの?
って言われたこともあった。

じゃあお聞きしますが、

「第二の人生はあるの?」
「それともあなたが代わりに自転車旅しますか?」

ハンディキャップがあるから何なんだ。そんなことで諦めろというのは僕にはあんまりだ。現実、もうかつてのように120Lのバックパックを背負って旅をするのは難しいかもしれない。背中がだめでも、健康な手足、そして底抜けに強い意思があるじゃない。

もしかしたら、今後事故に遭って、ペダルがこげない足にだってなるかもしれない。きっと一度、いや何度も床に伏せて泣くだろう。もう腰と同じで失ったものは戻らないから。
しかしきっと僕は杖を突いたって、車椅子になったって諦めずにやり遂げる。


年齢や病気のせいにはしたくない。
やめる事は簡単。諦める理由なんていくらでも見つかるんだから。



あれ、李先生の話からだいぶそれてしまった。

お仕事の話はそれまでにして、今回もこの街では様々な素敵な出会いがあり、少しその話を書こう。
河南省料理を挟み一緒に食事している男性は何を隠そう元国会議員杉村太蔵さん。今日は山形県南陽市との交流で中国の南陽市を訪れているところに偶然出会った。さすがニート支援の隊長として中国で自転車に乗っている日本人ニート(僕)の為に、貴重なお時間を割いて食事に誘って下さった。



なんてのは冗談でして。
彼はただの杉村太蔵そっくりさん。
ドイツ・イギリス留学を終え中国に戻ったばかりの大学の先生。

しかし見た目だけじゃなく声もユーモアも本物顔負けなmade in Chinaの太蔵さんだった。


その中国太蔵さんもお招きしてこの日は日本のすき焼きを再現したセカトマクッキングを披露した。みりんがないからなんとかして作り、ダシは日本から持参(500g!)、鍋は中華鍋を使用、でもさすがに生卵は食べれなかった。


南陽の自転車倶楽部の皆さんと交流しそこの代表の方が自転車の点検修理をしてくれた。状態は良好だそう。毎日大切にこしこししているから、それを聞けて良かった。

ボランティアでお世話になった方々、そこのおじいちゃんおばあちゃんたち、自転車屋さん、先生方、学生さんにも挨拶して。

さあ、新たな街に向けて出発よ!



facebook: (keiichiro kawahara,河原啓一郎) http://www.facebook.com/coucou.kei


2012年8月8日水曜日

ー巨大人食魚ー




南陽生活が始まった頃からずっと続いていた雨も上がった。
さあ、外に飛び出そう。
中国でもだいぶ内陸に位置する河南省、小さな街路地に一歩足を踏み入れればこれまでとは違った独特の文化が見られる。
写真の中年のおじさん2人が真剣に勝負しているのはどうやら中国版オセロのようなもゲーム。よく見れば、使っているのは石ころと木の破片だ。若者に聞いても彼らもさっぱり遊び方がわからなかった。
若者はパソコンのオンラインゲームを、年配者は昔と変わらぬ木板上の陣地取りゲームを。今の若者がもはや古い物に興味を示さなくなったとしたら、いつか消えて忘れ去られて行くものなのかもしれない。数十年後に今の若者がこの写真を見て自分らのおじいちゃん達がしていた遊びを思い出して再びやろうと思うのだろうか。
日本のメンコやコマ回し、今の若者がしているかというとそうでもない。僕もこの前「キンケシ」と言われて何の事か全くわからなかった。


週末はAO先生夫婦と自転車で田舎に足を伸ばす。
南陽には町の真ん中を二分するかのように通る大きな川がある。
白河という名前で、その流れ着く先は武漢でもおなじみの長江。
川沿いを走ると釣りをしている人や水着を着て浮き輪に浮かんで泳ぐ子供達、裸でタイヤにつかまって泳ぐおじ様達・・。
スッポンポンが写真に写っちゃったよ・・。

でも実は南陽に来る少し前、この街の事を少しネットで調べていた時、一気に興醒めするような事実を知ってしまった。食事前の人はあまり見ない方がいいかもしれない記事だお・・こちら。
体調3メートル以上、つぶらな瞳、人間が簡単に飲み込める大きな口。
2年前、この白河で人食魚が発見される・・。犠牲者有り。

人々はそれを知ってか知らずかプカプカしているのだけれど、僕にはこのつぶらな瞳と恐ろしい口が脳裏から離れずこの川では泳ぐ気にはなれない・・。


友達の旦那さんが経営する食べ放題レストラン。なんと新鮮な寿司や刺身まで食べ放題で一人500円程。黒ビールも7L程のロケット型ピッチャーで運ばれて来て200円!招待して頂いて来ているのでお代は不用だけど、個人でもお忍びで来たいくらい美味しいレストランだった。


ステージではお客さんと従業員へのトークショーと、経営者の男性の歌声と沖縄三線に会わせて「花心」(中国)を披露した。


大学生と繋がりを持つ事はとても大切だとつくづく思った。
彼らはほぼ100%学生寮で集団生活を送る、中国各地から集まった若者達。この中国各地というのが要で、学生とパイプを持つという事は中国全土にパイプを引くということに相違ない。彼らは同じ故郷で育ち各地に散らばって行った仲間達と現在も尚オンラインで繋がっており、僕もその蜘蛛の巣のようなネットワークの中にお邪魔させてもらえばたちまち行く先々で彼らの友達の友達、または友達の友達の友達の親戚・・などありがたいことに紹介をしていただける。


視界を遮るように積まれた教科書と辞書に囲まれて毎日頑張っている彼らに比べたら、僕がやっている事なんて自分では苦痛にも感じないけど、「人生感が変わった。」「感動した・・。」と寄せられる長文のメッセージを読ませてもらうと、自分のしている事に自信が持てると同時に言動への責任の重さを感じる。



とはいえ、これまで通り自分の信じた事してればいい。
というか、それしか出来ない。
人に命令された事は出来ない人間だから。
特にもしそれが理不尽なことだったら。